「怪物」感想

わたしの好きな坂元裕二さんの脚本だということ、カンヌ国際映画祭脚本賞を取ったことを知らずに見た。ただ安藤サクラが見たくて、事前に情報を入れなかった。

これほど「映画館で見なくて良かった」と思える映画は今までに無かったかもしれない。「フラッシュバック注意」と書いていた人がいたけれど、過去にいじめを受けた人、いじめを見たことがある人、いじめがあった学校の関係者、いじめ被害者の家族などの「いじめの当事者」は、この映画に最後まで耐えられたのだろうか。おとなしく席に座って居られたのだろうか。

途中でよく分からないシーンがあって何度か巻き戻して見た。巻き戻した結果それが何なのか分かって、後悔のあまり思わず吐きそうになったりもした。

それでも最後まで見て本当に良かったと思う。大好きな坂元裕二さんの脚本、大好きな坂本龍一さんの音楽を感じられた。途中で見るのをやめていたらこうは書けなかった。

 

「怪物だーれだ?」

 

怪物が誰だったのかは見た人の解釈によると思う。わたしはこの感想を家族には話せない。この映画を見たという事実もできれば言いたくはない。この映画を見せたくない。学生時代の同級生の感想も聞きたくない。

誰にも話せない。でも話さずにはいられない。怪物はわたしだったのかもしれない。

 

この映画は主人公が3人いる三部構成の映画だった。安藤サクラ演じるシングルマザー、瑛太永山瑛太)演じる小学校教師、そして黒川想矢くんが演じるシングルマザーの息子。伏線回収モノだとは知らなかった。何かが分かるたびにすっきりするかと思ったら、ゾッとして悲鳴を上げそうになった。不安で動悸が激しくなったり残酷な現実に絶望したりもした。

 

第一部のシングルマザー編で印象的なシーン。

シングルマザーの麦野早織が息子の湊に車の中で語りかける。

「湊が結婚して家族を持つまではお母さん頑張るよ」「いいの、どこにでもある普通の家族でいいの」

胸が締め付けられるような感じがした。それとほぼ同時に湊が車から衝動的に逃げていた。嫌な予感がした。湊、もしかしてお前もそうなのか。

田中裕子さんが出てきた時点で坂元裕二さんが脚本を書いた数年前のドラマを思い出した。台詞が心に残りすぎるのだ。結果的にこの映画も坂元さんの脚本だったとエンドロールを見て知るのだけれど。

 

第二部は教師や学校視点での話だった。

印象的なシーンは教師のベッドシーン。見るべきところはそこじゃないのかもしれない。男性の理性を失っている瞬間が生々しく描写されていてあまり見たくはなかった。この男は妊娠についてどう考えているのだろう、あまり考えていないのだろうなと思った。不快だった。

この教師は映画全体をまとめたら救われなかったキャラクターであり被害者なのかもしれない。自分の手の届かないところで問題が次々と起こり、何もしていないのに巻き込まれてとんでもないことになっていく。俺が何をした。必死に生きているだけなのに。ただわたしは俳優として好きな永山瑛太が演じていても、残念ながら好きにはなれなかった。彼は何もしていなかったからだ。過ちを後悔して声に出して謝ることができただけでも救われたんじゃないかと思った。謝りたくてもその時には相手がもういないということもある。謝ることが二度とできない可能性もあった。

 

第三部は小学五年生の麦野湊が主人公だった。

いじめの描写がリアルすぎて目をそらしたいシーンが沢山あった。メインのいじめっ子、いじめられっ子よりも、周りで見ている児童の視線が気になった。特に女の子の。すごい目をしている子もいた。傍観者である彼ら彼女らは何もしていなかった。それぞれ行動はしていたけど、いじめの解決に向かうようなことはしていなかった。傍観者もいじめで傷ついていたし、傍観者もいじめに間接的に加担して、傷つけていたんだろうと思った。それでも将来はみんな大人になるし生きていかなければならない。

湊の葛藤が苦しかった。いじめに巻き込まれたくない。でも仲良くはしたい。一緒にいたい。いじめられてるのを見ていられない。でも助けられない。ぶち壊したくなる。

わたしは、見ていて苦しくて苦しくて、泣きたくても泣けなかった。いじめのシーンは終始、胃に鉛が突っ込まれていたような感じがした。お前も何もできなかった傍観者だろう、怪物はお前だろうと言われている気がした。

 

「人に言えないからウソついてる。幸せになれないってバレるから」

第一部の冒頭で感じた嫌な予感は当たっていた。お母さん、僕はお父さんみたいにはなれない。湊は自分のどこへも持っていけない気持ちを発散する手段をある人から教わる。

「そんなのしょうもない」「誰かにしか〜」

幸せについて語るある人の言葉と気持ち良い楽器の音が、堰き止めていた喉の奥の苦しさの扉を開けてくれた。わたしはやっと泣くことができた。この台詞を聞くためにこの映画を見たのかもしれないと思った。2時間あまり吐きそうな苦しさに耐えたご褒美だと思った。坂元裕二さんの脚本は本当にズルい。

 

ラストシーンは坂本龍一さんのピアノがとにかく美しかった。